20年超の順調な賃貸経営から一転、トラブルが多発
負のスパイラルに陥った物件の再生
少し前の事ですが、金融庁より「老後資金は2000万円必要」であるとの報告書がニュース等で取り上げられて、大きな話題となりました。老後の生活費について、多くの人が1度は不安に思った事があるのではないでしょうか。
今回ご紹介する事例は、そんな老後の心配から、30年ほど前に老後の生活費にするべく、収益物件を購入された安田さん(仮名)のお話しです。
安田さんはもともと足が不自由な事もあり、将来の生活費の為と考えて、建築会社の勧めに従い、自宅から遠方の物件を新築で購入されました。高速道路で数時間かかる程の遠方であった事、また不動産の経営について知識や経験を持ち合わせていなかった事もあり、ほとんどご自身の物件に足を運んだことはなく、物件の地元の不動産管理会社にすべて任せていました。
安田さんの物件は、鉄骨造4階建て、1階が店舗で2階から4階がワンルームで構成されています。1階にとても良いお客様が入っており、長年にわたりその場所で営業を続けていました。2階から上の住宅ですが、踏切がすぐ近くで、騒音が少し気になる事や、駅から徒歩20分程と少し遠い事もあったのですが、ある工場の通勤の為のバス停が近くにあったことや地元の不動産会社の頑張りもあり、入居率は90%以上を誇る優良物件でした。
20年程は順調も、少しずつトラブルが発生。
賃貸経営をスタートし、少々のトラブルはありつつも、おおむね順調に20年を経過したころ、少しずついろいろな問題が起こり始めました。
まず、物件の老朽化が顕著になってきました。
共用部のいたるところに、汚損や不具合が目立ち始めました。共用廊下の塗装の剥がれや鉄骨の階段にも多くの錆が発生するなどが起きました。
また、場所は不明ながら、恐らく漏水が発生した事が原因で、電気系統のトラブルが発生し、共用廊下の電灯がたびたび消灯してしまうトラブルが出てきました。
そのような状況が発生していたタイミングで、不動産管理会社より大規模修繕の提案を受けました。安田さんは、元来賃貸経営についての知識を持ち合わせておらず、大規模修繕について、全く備えてはおりませんでした。
その時にはすでに年金生活を送っていた事もあり、まとまったお金の持ち合わせはなく、ご高齢であったために借入する事も難しいと判断されて、返事を先延ばしにすることにしました。
しかし、建物がそのような状況ですから、肝心の入居の状況も少しずつ陰りが出るようになってきました。そんなタイミングの中、不運が重なり、住宅部分の入居の要であった、工場が移転してしまう事になりました。さらに、長年入居されている1階の店舗にも、漏水が発生して、損害賠償義務が発生してしまいました。
その状況にとどめを刺す事件が発生しました。大規模修繕を先延ばしにすることにより、階段のノンスリップ(段先に取り付けられたすべり止め)も欠落していたのですが、入居者さんが階段から滑落し、救急車で運ばれてしまう怪我を負ってしまったのです。
トラブルが連鎖し、負のスパイラルに
安田さんは、20年超にわたり、良好な賃貸経営を続ける事が出来ていたのですが、あっという間に負のスパイラルに陥ってしまいました。そんな状況で途方に暮れた安田さんより、物件再生コンサルティングのご依頼いただいたのが、今回のお話です。
安田さん
「私は、身体が不自由だったことから老後の生活費に不安がありました。親が亡くなった時に相続を受けたお金で、勧められるままに賃貸マンションを建てました。20年以上、大きな問題もなくすごしてきて、本当に良い買い物をしたと安心していたのですが、ここ最近で一気にいろいろなトラブルが起きてしまいました。
お金の貯えがあれば修繕をするのですが、年を取って、足が不自由でも暮らしやすいように、バリアフリー化した自宅の建て替えに、これまでに貯えたお金は使ってしまいました。
20年以上所有しているものの、知識もないため、どのように対処したらよいか全くわかりません。どうしたら良いのでしょうか。」
こうして、収益物件の再生コンサルティングを受託しました。
負のスパイラルを断ち切るべく、コンサルティングスタート
複数のトラブルが発生していますが、全てを簡単に解決する方法はありません。まず、ひも解くために、ご依頼いただいた時点での状況を整理します。
・一番家賃の高い1階は入居しているが、漏水が発生している。応急処置で漏水は止まっている。
・2階から上の住居は、3階空いてしまっている。
・建物や設備に不具合が出ている。
建物:屋上の防水工事は一部のみ実施。しかし、外壁や鉄部はまだ手付かず。
設備:共用灯のトラブルは未解決。ブレーカーが下がるたびに復旧させている。
・金融機関への返済はあと少しで終わる状況。
・オーナーは賃貸経営を20年行っているが、何もかも不動産会社に任せている。
優先順位の選定
トラブル続出の現在の状況から、何を優先させなければならないかを考えました。新規の入居も大事なのですが、何よりも大事なのは、現在この建物に入ってくださっている方々の安心や安全を担保する事です。
まず、1階の店舗の漏水事故を解決する事、また階段部分の安全を確保する事から行いました。
残念ながら、外壁に足場をかけてしっかりとした工事をする事は資金的に難しい為、1階店舗の漏水の原因と考えられる箇所に、重点的に漏水対策を行いました。
漏水が止まったことを確認し、1階の店舗の内装を原状回復する(漏水前の状態に復する)工事を行いました。1階に入っているお客様は状況を理解くださり、とても協力的な対応をして下さりました。
また幸いなことに、安田さんが加入している建物の火災保険に、施設賠償責任保険を付帯しており、原状回復費用について、保険金を活用する事ができました。
施設賠償責任保険の活用
施設賠償責任保険は、掛け金はそんなに高くないのですが、特に賃貸物件には、とても有効な保険です。皆さんも加入について、是非ご確認ください。
1階の店舗のお客様も内装がキレイに戻ってとても喜んでくださりました。これで、1階のトラブルはひとまず解決です。
同時に階段についても対処法を考えました。建築業者さんと相談し、本当は階段や廊下を塗装するか、シートなどで被う工事を行いたいのですが、その費用を出す事ができません。まずは、ノンスリップで、中途半端に外れているものは再度接着、接着しても危険な状態のものは外してしまいました。そして、改めて、入居者さんに注意を促す通知を行いました。
保有して大規模修繕か、売却かの選択
緊急の二つについて処置を終えたところで、安田さんにお話しいたしました。」
「まず、優先順位の高いトラブルについては目途がつきました。
しかし、階段の本格的な修復工事は近いうちに行わなければならないですし、共用廊下の電灯のトラブルを解消するためや1階の店舗の漏水について完全に安心できる状態にするためには、足場をかけて、外壁の塗装や目地の打ち替えをしなければなりません。
つまり、今後も家賃収入を得る目的で、この建物を所有し続けるためには、多額の修繕費用が必要となるのです。厳しいお話となりますが、修繕ができなければ、所有し続ける事は出来ません。売却もお考えいただかなければなりません。」
安田さんは困惑されました。
「何も考えずに、長年家賃収入を得てきましたが、突然そんなに大きなお金を払わなければならなくなると考えていませんでした。私が死んだ後は、妻や子供たちの物になるので、私だけの考えでは決断できません。家族で相談しなければ、答えが出せません。少し時間をいただけませんか?」
安田さんの気持ちも十分にわかります。多額の修繕費用を借り入れる場合、場合によっては次の代まで持ち越されてしまう可能性も十分あります。
「わかりました。賃貸経営を次の世代にバトンタッチするかどうかの問題になると思います。ご家族でこの物件をどうされるかについて、ご検討ください。」
私は今後得られる家賃収入の目安について、売却した場合の価格の目途、修繕にかかる費用の目安をお伝えして、ご検討いただく時間をとりました。
空室解消対策
もちろん、安田さんに検討いただく間に手をこまねいていることは出来ません。
費用をかけない事を前提に、安田さんに許可をもらい、空室を解消する作業に入りました。
現在の空室は4部屋でした。費用をかけずに簡単に入居を促す方法は、皆さんご想像の通り、家賃を下げる事です。
しかし、家賃を簡単に下げる事は、多くの大家さんが最もやりたくない事です。家賃を下げる事には2つのマイナスポイントがあります。
1つは、単純に手取り収入を減らしてしまう事です。
たとえば、3千円の家賃を下げる事は年収で3万6千円下がる事になります。しかし、入居しなければ、収入が下がるどころか0なのです。
また、募集をする不動産会社にとって、入居しなければ、手数料収入が得られないために、どうしても家賃を下げる提案をしてしまいがちです。
しかし、もう1つの要素をしっかりと考えた上で、決めなければなりません。それは、家賃を下げる事は、見方によっては物件の評価額を下げる事につながることなのです。
収益物件の評価方法
本題から逸れますが、収益物件の購入を検討する方には参考になると思いますので、説明したいと思います。
家賃収入を得るための「収益物件の価値」とはどのように評価するのでしょうか?
幾つかの方法があります。
不動産の価格を決める場合、土地の路線価、建物の構造や経過年数を参考にするように思います。そのような評価方法を「原価法」といいます。
また、近隣で似通った物件がいくらくらいで取引されていたのかを参考とする「取引事例比較法」もあります。
しかし、今回のような収益物件では、年間いくら稼ぐことのできる物件なのかに尽きると思います。
年収1千万円の物件と、年収2千万円の物件であれば、どちらが高く取引されるでしょうか?当然後者です。
収益物件は、自分で利用する目的ではなく、お金を稼ぐ事が目的なので、基本的には、多く稼ぐ事のできる物件が高く評価されます。
(実際には様々なリスクも加味しなければならないので、稼ぐ金額にプラスアルファの要素で評価する事も申し添えます。)
このように家賃収入から、物件価格を評価する方法を「収益還元法」といいます。
1億円で購入した物件の年間家賃収入が1千万円だった場合、1千万円÷1億円=10%となり、収益還元法でこの物件は、「表面利回り10%の物件」であるといった言い方をします。
このような考え方をした場合、先ほどの例で考えると、家賃を月に3千円下げる事は、年収を3万6千円下げる事になりました。
先ほどと逆算で考えてみます。表面利回りが10%の物件として考えると、3.6万円÷10%=36万円となります。つまり、収益還元法で評価すると、家賃を月に3千円下げるという事は、物件価値を36万円下げる事につながるという見方もあるのです。
さらに発展して考えると、同じ間取が10部屋ある物件と仮定すると、一番新しく入った部屋が3千円下がっていた場合、見る相手によっては、その金額が相場なんだと考えてしまい、その金額でしか入居しない物件なのだと考える方もあります。
つまり、36万円×10部屋=360万円も、物件評価額が下がってしまうという考え方もできるのです。
賃料ダウンでの募集
さて、本題に戻ります。
空室を埋めるために賃料を下げる事は、デメリットも加味しなければならないのですが、現在のこの建物で真っ先にお金をかけなければならないのは、共用部分の補修です。そのために、空いている部屋は最低限のリフォーム工事で、賃料を下げて入居を促す事に決めました。
ただし、ただ下げるだけではなく、ひと工夫を行いました。
この建物は4階建てなのですが、エレベーターはありません。そしてそれぞれのフロアに空室ができていたのです。すべて同じ間取なのですが、フロアごとに賃料に差をつけました。周囲の建物の目線が気になる2階の賃料を一番低くし、インターネットの検索時で賃料別に並べた際に上位に検索されるように設定しました。
2Fが気になって見に来てくださったお客様は、同じ建物で空室があれば同時に足を運びます。少し値段が上がっても、上階を契約してくださる可能性も増えるのです。
少しの差別化で少しの賃料アップ
もう一つ工夫を施しました。
3階だけ二部屋空いていたのですが、そのうちの一部屋は壁の一面が長く一直線に汚れていました。前の入居者さんがベッドを置いていたのですが、どうやらベッドの側面が当たっていたようです。その壁紙のみを貼り換えたのですが、他の壁紙と同じような色にするのではなく、アクセント化する事にしました。少し高めの壁紙のラインナップから選択して、派手ではなく、でもイメージが大きく変わるものにしました。
なお、少し高めのラインナップといっても、㎡単価が300円程度の差であり、壁一面だと、3,000円程度の上昇です。
ただ壁紙一面をアクセント化するだけでは差別化がはかれないので、カバーに割れが発生していた照明をシーリングスポット(スポットライトが並んで付いているような照明)に変更しました。
変えたのはこの2点だけなのですが、部屋に入った雰囲気はガラッと変わり、4部屋の空室で見た際に際立って見えるようになりました。そして、この部屋だけ賃料を少しだけ上昇させました。
満室化、大規模修繕の実施へ
再募集をかけたところ、見事にこの工夫をした部屋から成約となり、順次他の部屋も入居の申し込みが入っていきました。
空室が埋まっていく事で、安田さんや安田さんのご家族も安心し、物件についての考えを進める事ができたのだと思います。
「いろいろとありがとうございます。まず急いで対応しなければならない階段の補修ですが、生命保険を解約してその費用を賄う事にしました。工事の手配をお願いします。
また家族会議を開いて、この建物をきちんと維持しながら所有していきたいと思います。もう少し時間がかかってしまうのですが、金融機関とも相談して何とか費用を調達したいと思います。」
安田さんは物件の返済も完済しており、お子様の理解も得られたという事であれば、借り入れも順調にすすみそうです。
競争力を取り戻し、これからを見据えた大規模修繕の実施
数ヶ月後、金融機関から無事に修繕の資金を調達する事ができて、大規模修繕をスタートしました。雨漏りの原因となるような劣化はしっかりと補修しました。
満室化するために賃料をダウンさせてしまいましたが、これからの募集では少しずつ回復させなければなりません。
競争力を取り戻すための工事も計画しました。簡易な後付けのオートロックの設置や集合ポストを鍵付きのものにするなど、費用がそれほど高額にならずに、入居者が喜んでくださるものを取り付けていきました。
安田さん
「雨漏りの発生や階段からの滑落事故が起こるまで、建物の老朽化や手入れについて後いまわしにしてしまい、きちんと考えたことはありませんでした。生活は家賃収入に頼っていたために、今の生活も含めて壊れてしまう恐怖を感じました。
これからは、次の世代にバトンタッチができるような維持管理も含めて考えながら賃貸経営を続けていきたいと思います。これからも相談に乗ってください。」
今回のポイント
・建物の劣化は徐々に進行し、突然症状が現れます。
大規模修繕は高額な費用がかかりますので、必ず修繕計画を事前にたてて、賃貸経営を行いましょう。
・加入している損害保険を確認しましょう。リスクはある程度減らす事ができます。
・売却の意思がなくても、建物の評価について、常に意識して賃貸経営を行いましょう。
最後に
今回お話しするのは、私自身にとって、不動産オーナーに寄り添った不動産コンサルティングが必要だと強く思うようになった、原体験の一つです。
日本ではスクラップ&ビルドの考え方がまだまだ残ってしまっており、長期的な建物の維持管理についてのサポートがとても少ないのが実情です。
今回の安田さんは真面目で良好なお人柄なのですが、大家業である以上、住んでいる方々の安心、安全を守らなければなりません。残念ながら、その知識や経験がなく、まわりにサポートしてくださる方もなかったのです。
安田さんのように、知識や経験がないままに、周囲に勧められるままに賃貸経営を始めている方は多くいらっしゃいます。
賃貸経営は、何もしなくても家賃収入があるように錯覚してしまいます。はじめの10年から20年は実際にその通りなのですが、そこからは状況が変わってきてしまいます。
定期的なメンテナンスさえ怠らなければ、建物は長く利用可能です。あらかじめ将来の備えをしておけば、そんなに心配する事は無いのです。
もし、不動産経営でお困りになる事がありましたら、グラム株式会社へお気軽にご相談下さい。
あなただけではありません。不動産経営は誰もが不安や孤独に陥りがちです。入居者の方々の幸せと満足を構築しながら、安定した賃貸経営を私たちと一緒に築いていきましょう。